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東京地方裁判所 平成4年(ワ)12861号 判決

原告

橋詰守人

ほか一名

被告

七曜商事株式会社

主文

一  原告らの請求をいずれも棄却する。

二  訴訟費用は原告らの負担とする。

事実及び理由

第一請求

被告は、原告ら各自に対し、三八九九万一二〇九円及び内金三五九九万一二〇九円に対する平成三年二月一二日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

第二事案の概要

本件は、大学生であつた橋詰真太郎(以下「真太郎」という。)の運転する自動二輪車(一多摩て二一一号、以下「橋詰車」という。)が、信号機の設置されている交差点において、右折しようとしたところ、対向車線を直進してきた被告の従業員である松川三樹夫こと禹光秀(以下「禹」という。)の運転する被告保有のダンプカー(所沢一一す九〇八九号、以下「被告車」という。)と衝突した事故(以下「本件事故」という。)に関し、真太郎の両親である原告らが、被告を相手として自賠法三条に基づいて損害賠償を請求した事案である。

一  争いのない事実等

1  本件事故の発生

平成三年二月一一日午後二時三〇分ころ、東京都練馬区高野台四丁目一八番先の信号機の設置されている谷原交差点(以下「本件交差点」という。)において、目白通りを関越自動車道方面より目白方面に向けて進行し、本件交差点で笹目通りの高野台方面へ右折しようとした橋詰車と対向車線を直進してきた被告車が衝突し、同日午後三時一六分ころ、真太郎が頭蓋内損傷により死亡した。(争いのない事実、甲五、二一の1)

2  被告の運行供用者性

被告は、被告車の運行供用者である。(争いのない事実)

二  争点

本件の争点は、被告の免責、過失相殺並びに損害の発生及び額であり、これらに関する当事者双方の主張は、次のとおりである。

1  被告の免責

(一) 被告

真太郎は、右折しようとした先行車両が交差点内で停止し、かつ、交差点内における追越しが禁止されている状況において、対向車線を進行してくる直進車両のあることは当然予想でき、かつ、前方の見通しがきかないのであるから、右先行車両とともに一時停止し、又は徐行して前方の安全を確認すべきであつたのに、これを怠り、右先行車両の左側を追越し、そのまま対向車の進路に飛び出した形で右折しようとしたため、被告車の右前輪付近に衝突した。

道交法三七条は、交差点で右折する車両等は、当該交差点において直進しようとする車両等の進行妨害をしてはならない旨を規定しており、車両の運転者は、他の車両の運転者も右規定の趣旨に従つて行動するものと想定して自車を運転するのが通常であるから、右折しようとする車両が交差点内に停止している場合、当該右折車の後続車の運転者が右停止車両の側方から前方に出て右折進行を続けるという違法かつ危険な行為をすることなど、車両の運転者にとつて通常予想できないところである。禹は、対面信号が青色を表示し、右折しようとした対向車両が交差点内に停止したのを確認し、速やかに交差点を通過しようとしていたのであるから、禹には右対向車両の後続車である橋詰車が停止中の対向車両の外側からその側方を通過して被告車の進行方向に進入してくることまでも予想して、そのような後続車の有無及び動静に注意して交差点を進行すべき注意義務はなく、禹には本件事故についての過失がない。また、被告車には構造上の欠陥又は機能の障害はなかつたから、被告は自賠法三条により免責される。

(二) 原告ら

右事実は否認する。被告主張の事故発生状況は、被告の従業員である禹の供述を基にしているが、禹は、実況見分の際、別紙交通事故現場図(以下「別紙現場図一」という。)記載〈3〉点で対向車〈A〉が停止したのを見た旨、そして同〈4〉点で〈ア〉にいる橋詰車を発見した旨指示説明していたのを、法廷における証言(第一回)の際は、右〈3〉点で見た対向車の位置はもう少し前進した右折誘導線付近の〈B〉1(別紙現場図二)であり、右〈4〉点で〈ア〉にいる橋詰車を発見していない旨訂正していること、更に第二回の証人尋問の際は対向車の位置を別紙現場図二の〈B〉2と変更しており、供述に一貫性がないこと、橋詰車のスリツプ痕と衝突地点とを結んだ線が(別紙現場図二の◎と〈×〉を結ぶ線)が橋詰車の走行軌跡の乗つている線であり、バイクが乗用車の横を通るときには、六五センチメートルの間隔が必要であることからすれば、対向車は存在し得ないこと等からすると、同人の供述内容は、全く信用できないものであるから、被告の主張する免責については何らの立証がない。そして、本件事故は、禹進行方向からの右折車が存在していたことが推認されるので、真太郎の進行方向の信号も青矢印であり、禹の信号は赤であつたのに、禹が交差点内の状況を十分確認しないまま信号無視をしたことにより、青矢印信号に従い右折を開始していた真太郎を見落としたことにより惹起されたものである。

2  過失相殺

(一) 被告

仮に、被告の免責が認められないとしても、前記のとおり、真太郎には前方不注視、交差点内右折方法違反、交差点内追越禁止違反等の重大な過失がある。

(二) 原告ら

右事実は否認する。真太郎は、指定された通行部分である右折用の車線を進行するとともに、交差点内で停止していた先行車を追越していないから、同人には交差点内通行方法違反及び交差点内追越禁止違反はない。

3  損害の発生及び額

(一) 原告ら

(1) 真太郎の損害

逸失利益 四九三四万一七六八円

真太郎は、本件事故当時、二〇歳であり、神奈川大学工学部機械工学科に在籍していたところ、本件事故に遭遇しなければ、二二歳で右大学を卒業して就職し、少なくとも大学卒業者としての平均賃金を得ることができ、六七歳まで四五年間就労可能であつたはずであるから、真太郎の逸失利益は次の計算式のとおりとなる。

(計算式) 六一二万一二〇〇円×(一-〇・五)×(一七・九八一-一・八五九四)=四九三四万一七六八円

(2) 原告ら固有の損害

〈1〉 慰謝料 各一〇〇〇万円

〈2〉 葬儀費用 各一三〇万六四三五円

〈3〉 治療費 各一万三八九〇円

〈4〉 弁護士費用 各三〇〇万円

(二) 被告

右事実は不知ないし争う。

第三争点に対する判断

一  被告の免責

1  証拠(甲一ないし四、二一の1ないし4、二二の1ないし5、二三ないし三一、三四、三五、乙一、三、四、五の1、2、証人禹光秀(第一、二回)、証人山本紀夫)によれば、以下の事実が認められ、この認定を覆すに足りる証拠はない。

(一) 本件交差点は、東西方向に走る都道目白通り(以下「目白通り」という。)と南北方向に走る都道笹目通り(以下「笹目通り」という。)とが交差する集中制御式信号機により交通整理が行われている交差点であり、市街地にあり、交通は頻繁である。

本件交差点付近の道路状況については、別紙現場図一記載のとおり、目白通りは、直線で、車線境界線が黄色ペイントの実線、中央線が白色ペイントの実線で各標示されており、目白方面から進行した場合、車道幅員一八・六メートルであり、関越自動車道方面に行く下り線が本件交差点手前から四車線、目白方面に行く上り車線が二車線になつていて、その両側には歩道があり、関越自動車道方面から進行した場合、車道幅員二四メートルであり、関越自動車道方面に行く下り線が三車線、目白方面に行く上り線が四車線となつている。目白通りの路面状況は、アスフアルト舗装され、平坦で乾燥している。その下り線は、目白方面から本件交差点に向かつてゆるやかな上り坂となつている。これに対し、笹目通りは、直線で、車道幅員二八・五〇ないし三二・四〇メートルで片側二ないし三車線であり、その両側には歩道があり、路面状況は、アスフアルト舗装され、平坦で乾燥している。本件交差点の状況は、笹目通り上には横断歩道が設置され、目白通り上には横断歩道橋が設置されている。目白通り上の停止線は上下線とも白色ペイントの実線で明瞭に標示されており、交差点には、一部不鮮明であるが、右折誘導線が上下線とも白色ペイントで標示されている。本件交差点付近は、目白通り、笹目通りとも、最高制限速度が時速五〇キロメートル、終日駐車禁止の交通規制がなされている。目白通りの目白方面及び関越自動車道方面からの前方の見通しは、いずれも視界を妨げるものはなく、本件交差点を約六〇メートル手前の地点で見通すことが可能である。

(二) 本件事故発生時における本件交差点の信号現示時間については、まず、目白通りを目白方面又は関越自動車道方面から進行してきた車両の対面信号は、いずれも八〇秒間の青色表示の後、順に、黄色表示が四秒間、赤色表示が二二秒間(この赤色表示の間、右折可能であることを示す青矢印が表示される。)、黄色表示が三秒間、赤色表示が四一秒間それぞれ続き、再度青色が表示される。また、右信号の八〇秒間の青色表示が始まる三秒前に、笹目通りを高野台方面から進行してきた車両の対面信号は、赤色表示に変わり、これが一〇九秒間(この赤色表示の最後の一九秒間につき左折が可能であることを示す青矢印が表示される。)続いた後、順に、黄色表示が三秒間、赤色表示が二八秒間続き、再度青色七秒間、黄色が三秒間、赤色が三秒間表示される。したがつて、笹目通りを高野台方向から進行した車両の対面信号が左折可能であることを示す青矢印を表示するのは、被告車の対面信号が二二秒間の赤色表示にかわつてから三秒後である。

(三) 禹は、被告車に工事ガラ一四八五キログラムを積んで被告車を運転し、本件交差点付近道路(目白通り)の第二車線上を目白方面から関越自動車道方面に向かつて進行していたところ、別紙現場図一記載〈×〉の衝突地点(以下「本件衝突地点」という。)の約一四〇メートル手前の地点で本件交差点の対面信号(以下「本件信号」という。)及び本件交差点の一個先の交差点(本件交差点からの距離は約一〇〇メートルである。)にある対面信号がいずれも青色を表示しているのを確認し、右衝突地点の約七一・九メートル手前である同現場図記載〈1〉の地点で対向車線を進行してきた大型バス一台が本件交差点を右折して行くのを見た。また、同現場図に「右折車」と記載されている位置には、同現場図に記載されている状態で右折待ちの大型車(以下「本件右折車」という。)が停止していた。禹は、本件衝突地点の約四七・三メートル手前の同現場見取図記載〈2〉の地点で、同現場図に「対向車両」と記載されている位置付近に右折態勢で進行してきた白色の普通乗用車(以下「本件対向車両」という。)の左半分が見えたため、このまま同車が進行してきたならば衝突する危険を感じ、軽くブレーキをかけるとともに、クラクシヨンを鳴らした。本件対向車両の後ろには普通車が三、四台ほど右折待ちのために並んでおり、このことは、禹も確認していた。禹は、本件衝突地点の約二八・六メートル手前の同現場図記載〈3〉の地点で本件対向車両が同現場図記載〈A〉地点からさらに停止線寄りの地点で停止したのを確認したため、時速約五〇キロメートルから時速約六〇キロメートルに加速した。被告車が本件交差点に差しかかつた時、本件右折車は停止したままであつた。禹は、本件信号及び前方にある本件交差点の一個先の交差点にある対面信号が青色を表示しているのを確認して本件交差点に進入し、右一個先の交差点にある対面信号が青色を表示しているのを見ていたところ、本件衝突地点の約五・五メートル手前の同現場図一記載〈4〉の地点において、右前方から何かが向かつて来る気配を感じたが、それが自動二輪車であることは分からなかつた。その直後、橋詰車が被告車の右前輪のタイヤ部分に衝突した。禹がブレーキを踏んだのは、橋詰車との衝突音である金属音がしてからであつた。禹は、右衝突音が聞こえたため、ブレーキをかけて右サイドミラーを見たところ、橋詰車が転倒していたため、被告車を本件衝突地点から約一九・三メートル進行した本件現場図記載〈6〉の地点で停止させたが、同車の左車線に普通乗用車が目白方面から進行してきていたのを左のサイドミラーで確認したため、これを避けながら同車を道路左端に寄せて停止させた。右乗用車の速度は遅くはなかつた。真太郎は、被告車と衝突した後、本件衝突地点から約一・一メートル離れた別紙現場図一記載〈エ〉の地点に転倒した。橋詰車は、本件衝突地点から約三・二〇メートル離れた別紙現場図一記載〈ウ〉の地点に転倒していた。

(四) 本件衝突地点付近には、別紙現場図一記載のとおり、被告車の進路に当たる路面には、東方から西方に向かつて、被告車の後輪ダブルタイヤによるタイヤスリツプ痕が鮮明に印象されていた。このスリツプ痕のうち、右後輪によるスリツプ痕の始点は同現場図記載〈×〉地点の直前であつて、東方から西方へ向けて間隔を置いて三条印象されており、右始点に一番近いものの長さが〇・五メートル、他の二つの長さがいずれも一メートルであつた。左後輪によるスリツプ痕は、東方から西方へ向けてやや左に湾曲し、長さ一三・四メートルにわたり印象されていた。他方、橋詰車の進路に当たる路面には、北西方から南東方に向かう一条の直線のスリツプ痕が長さ一・五メートルにわたり鮮明に印象されていた。

(五) 被告車(いすずフオワード青色、型式U―FRR三二DBD)は、車長が五・八一メートル、車幅が二・二〇メートル、車高が二・三九メートル、最大積載量が四〇〇〇キログラム、右後輪外側タイヤから左後輪外側タイヤの間の距離が二・〇五メートル、軸間距離が三・二メートル、運転席が右側、運転席から前部バンパーまでの距離が一メートルであり、前面ウインドガラスは透明で運転席前方の視界は良好であり、左右のドアにも透明のガラスが装着され見通しがよかつた。また、被告車の各装置は容易に操作でき、ハンドル、警報装置、ブレーキ、クラツチ等に故障はなく、正常に作動していた。被告車は、アクセルペダルとブレーキペダルとが並んで配置されており、その間隔は約七センチメートルであり、かつ、オルガン式のブレーキであるため、かかとを離すことなく、アクセルペダルからブレーキペダルに踏み換えることができる。

被告車の損傷部位は、右前部ドア下部スカート部分の前部先端から三二センチメートル、地上高五〇センチメートルの地点に擦過痕、右前輪のタイヤ部分にタイヤホイール・ロード外側から八センチメートルの位置を中心に長さ一〇センチメートルの擦過痕及び右外側から五センチメートルの位置を中心に長さ一二センチメートルの擦過痕、タイヤホイールロード側面部に長さ一センチメートルの三か所の擦過痕、右側面部に取り付けられているサイドガード(巻き込み防止柵)パイプ下部の前部バンパー先端から二・九〇メートルから三・一二メートル(地上高三八センチメートル)の位置に長さ二二センチメートルの擦過痕、排気管部の前部バンパー先端から三・八メートル、地上高二二センチメートル及び二八センチメートルの位置に二か所の擦過痕が各印象されていた。

(六) 橋詰車は、車長二・〇二メートル、車幅が六八センチメートル、車高が一〇七センチメートル、前輪先端から運転席までの距離が一・三メートルであり、ハンドル、ブレーキに故障はなかつた。

橋詰車の損傷部位は、右前部カウリング二か所、右サイドミラー、右ブレーキレバーの下部、右エンジンカバー及び右ステツプ部分に擦過痕があり、右側端部に取り付けられていたグリツプエンドが脱落していた。

(七) 本件事故直後に本件現場に臨場した警察官・山本紀夫(以下「山本」という。)は、本件事故当日に本件交差点の実況見分及び禹の取調べを担当し、一般的に交通事故の場合には、本人が青信号であると言つても、おかしいと思われることもあるが、本件事故の場合には、禹の供述に特に不審な感じを受けなかつたし、禹が嘘を言つているようには見えなかつた。禹は、右実況見分の際、二、三か所の地点については道路の中へ入つて位置を指示したが、そのほかの地点の位置については道路の中へ入らずに歩道のところから指示をした。

その後、禹は、検察庁において、不起訴処分を受けた。以上の事実が認められる。これに対し、原告らは、証人禹光秀(以下「証人禹」という。)の証言には信用性がなく、本件事故当時、本件交差点における被告車の対面信号が青色を表示していたことの立証がなされていないと主張する。しかし、同証人の証言内容は、それ自体不合理なところはなく、他の客観的証拠に照らしても格別不合理な点はないのであるから、原告らの右主張は理由がないというべきである。

すなわち、まず、証人禹は、本件衝突地点で橋詰車と被告車との衝突音を聞くまで、橋詰車に気がつかなかつたと証言するところ、原告らは、衝突地点以前において、禹が橋詰車に気づいていたはずであると主張する。しかし、後述のように、青色信号に従つて直進しようとする直進車両の運転者は、右折しようとする車両が交差点内で停止している場合、当該右折車の後続車の運転者が右停止車両の側方から右折進行するような運転行為については、通常予想できないのであるから、青信号に従つて本件交差点に進入した禹が、本件対向車両の左側方から右折して自己の進路に進入してくる車両の有無について注意を向けておらず、前方、特に本件交差点の対面信号及びその一個先の交差点の対面信号の青表示を見ていたときには、突然、自己の視界に入つてきた車両が自動二輪車であることに気がつかないことは十分考えられることである。

また、原告らは、禹が橋詰車との衝突音を聞いてからブレーキをかけたとすると、本件衝突地点の直前から禹車の左後輪によるスリツプ痕が印象されることはあり得ないと主張するが、前認定のとおり、被告車のアクセルペダルとブレーキペダルとの位置関係などからして、その踏み換えは容易であつたといえるし、何かが近づいてくる気配を感じた禹が、その時点で反応したものの、ブレーキペダルを踏んだのが衝突音を聞いてからであるとの趣旨で証言したことも十分考え得るところであるから、左後輪によるスリツプ痕が本件衝突地点の直前から印象されていたとの事実から直ちに証人禹の証言の信用性が失われるとまではいえない。

そして、証人禹は、本件事故発生後、別紙現場図一記載〈6〉の地点で停止する直前に、左側の車線を目白方面から進行してくる後続車がおり、その速度が遅くはなかつたと証言するところ、前認定のとおり、笹目通りを高野台方向から進行した車両の対面信号が左折可能であることを示す青矢印を表示するのは、被告車の対面信号が赤表示に変わつてから三秒後であるから、右後続車が笹目通りを高野台方向から進行してきた車両であると考えることは困難であり、右後続車が目白通りを目白方面から遅くはない速度で進行してきたとする証言内容、さらには、被告車の対面信号が青色を表示していたとする証言は信用できるというべきである。このことは、交通事故捜査を担当する警察官である証人山本も、捜査段階における禹の供述に特に不審な感じを受けなかつたし、禹が嘘を言つているようには見えなかつたと証言していることからも明らかであると考えられる。

なお、禹は、捜査段階における供述と異なる証言をしているが、前認定のとおり、検察庁で不起訴処分を受けているのにもかかわらず、あえて供述と異なる証言をすべき必要性を窺わせる特段の事情は顕れていないし、同人の証言及び事情録取書(乙三)にあるように、右供述が事実と異なることを検察庁の取調べ前に思い出したものの、検察庁では、警察で供述したとおりであるかと言われ、取調べが大体一〇分ほどで終わつたために訂正しそびれたこと、警察及び検察庁での取調べにおいて、もつぱら気になつていたのは本件対向車両の位置であり、バイクを見たのかとか、衝突の音でブレーキをかけたのかという点について余り頭になかつたということなど、右供述変更の理由が格別不合理であるとまではいえない。

さらに、原告らは、禹が本件対向車両の位置を数度にわたつて変更したことや、橋詰車が印したスリツプ痕の延長線が別紙現場図面二の◎から〈×〉を直線で結ぶ線であり、橋詰車の走行軌跡は同線上にあることを前提として、禹の示したいずれの本件対向車両の位置も右線上にあり、同車両の右側を橋詰車が走行することと矛盾することから、本件対向車両は禹がその責任を免れるために創作したものであり、橋詰車は先頭で右折したと主張する。なるほど、禹は、本件対向車両の位置について警察における取調時における供述から、当裁判所における第一回証言、乙三号証の作成時と二転しているが、本件対向車両が存在していたこと自体は一貫して供述しており、その位置のずれは、時速五〇キロメートル以上で走行している被告車から前方の信号を注意しながら、瞬時、瞬時において見た本件対向車両の位置を図面に正確に反映させることが困難であることから生じたものと認められ、右供述の変更は、本件対向車両の存在に疑念を抱かせるものではない。また、原告らは、本件事故当時警察が目白通りの関越自動車道寄りにある陸橋上から撮影した写真の拡大写真(甲二八号証)から橋詰車の走行軌跡を割り出したとして、これを前提に前示の主張をするが、警察の実況見分調書の交通事故現場図(甲二一号証の三。別紙現場図一参照)に記された橋詰車のスリツプ痕とは位置が異なるし、また、右スリツプ痕を直近において撮影した甲二一号証の四の三枚目の写真(甲三四号証の三枚目の写真と同一)によれば、右スリツプ痕は孤を描いていることが認められるのであつて、原告らの主張する橋詰車の走行軌跡どおりに同車が走行したものと認めるのが困難であり、これを前提とする右主張も採用することができない。

2  右認定の事実によれば、禹は、被告車を運転して青色を表示していた対面信号に従つて、本件対向車両が停止したのを確認したうえ、本件交差点に進入したところ、真太郎は、橋詰車を運転し、本件交差点において、青色を表示していた対面信号に従つて右折して、高野台方面に進行しようとし、本件対向車両の後ろから、本件対向車両が停止しているのを確認しながら、一時停止することなく、その左側方を通つて、同車両の前方へ進行し、右折を開始したこと、真太郎は、別紙現場図一記載〈ア〉の地点付近で本件交差点を直進してきた被告車を発見し、急制動の措置を採つたものの間に合わず、橋詰車が被告車の左前輪のタイヤ部分に衝突したこと、橋詰車が被告車に衝突して別紙現場図一記載〈ウ〉の地点で右側に転倒するとともに、真太郎は、同現場図一記載〈エ〉の地点に転倒し、被告車の左前輪と左後輪の間に入る形で轢過されたことが推認される。他方、禹は、本件右折車が存在していたために、同右折車の後部付近、すなわち本件衝突地点から約一五メートル離れた位置に達するまでは、被告車進行方向から見て本件対向車両の右側方の状況を視認するのは不可能であつたことが推認される。

ところで、道交法三七条は、交差点で右折する車両等が当該交差点において直進しようとする車両等の進行妨害をしてはならない旨を規定しているのであるから、青色信号に従つて直進しようとする直進車両の運転者は、交差点で右折しようとする車両等の運転者が右規定に従つて行動するものと信頼して運転するのが通常であり、右折しようとする車両が交差点内で停止している場合、当該右折車の後続車の運転者が右停止車両の側方から右折進行するような運転行為については、通常予想できないというべきである(最高裁判所平成三年一一月一九日第三小法廷判決・交通民集二四巻六号一三五二頁参照)。そうすると、前認定のとおり、禹は、対面信号が青色を表示していたのを確認し、これに従つて交差点を直進しようとしていたのであり、右折車である本件対向車両が停止線付近に停止して被告車の通過を待つていたのであるから、禹が、制限速度以内で走行していれば制動措置により橋詰車との衝突を避け得る地点に達するまでに、右折しようとして停止している車両の側方を通過して右折しようとしているなど後続車の運転者が異常な運転行為を行おうとしているのを認識していたなどの特段の事情が存しない限り、本件対向車両の後続車がその左側方を通過して、被告車の進路に進入してくることまでも予測し、そのような後続車の有無、動静に注意して交差点を進行すべき注意義務はなかつたというべきである。

そして、前判示のとおり、禹は、本件右折車が存在していたため、被告車が本件右折車の後部付近に進行するまでの間、本件対向車両の左側方が禹車の運転席から死角となつていたため、禹が本件対向車両の左側方を通過して橋詰車が右折しようとしているのを認識するのは不可能であつたほか、右特段の事情の存在を窺わせる証拠はない。そうすると、禹は、青色を表示していた本件交差点の対面信号に従つて、本件対向車両が停止線付近で停止していたのを確認したうえ、本件交差点に進入している以上、特に本件対向車両の左側方から右折して、自車の進路に進入してくる車両の有無、動静に注意することなく、本件交差点の対面信号及び同交差点の一個先の交差点にある対面信号を見ていたため、橋詰車と衝突するまでの間、橋詰車の存在を認識して制動措置等を採らなかつたとしても、禹には、本件対向車両の後続車がその左側方を通過して、被告車の進路に進入してくることまでも予測し、そのような後続車の有無、動静に注意して交差点を進行すべき注意義務はなかつたのであるから、被告車の運転者である禹には本件事故発生についての過失がないというべきである。

また、前認定のとおり、被告車の各装置は容易に操作でき、ハンドル、警報装置、ブレーキ、クラツチ等に故障はなく、正常に作動していたのであるから、被告車に構造上の欠陥又は機能の障害がなかつた。

そうすると、被告は、自賠法三条但書により免責されるというべきである。

二  結論

以上によれば、原告らの被告に対する請求は、その余の点について判断するまでもなく、いずれも理由がないから失当として棄却し、訴訟費用の負担につき民訴法九三条、八九条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 南敏文 大工強 湯川浩昭)

(別紙) 交通事故現場図別紙 現場図 二

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